2015年

8月

13日

母ちゃんの一歩が、未来の子どもを救うことがあるかもしれない話

私には、二人の子どもがおりまして、上の子はしっかり者の長女気質、優しいお姉ちゃんで、もう大学を卒業して就職しています。

下の子は高校一年生の男の子で、私から見ると、かなりの不思議くん。

上の子をゆま、下の子をくり、といいます。


今日は、ちょっと、うちの子の話を。



くりは、昔から、ほんとに自分の考えや気持ちを、言わない人でした。


喜怒哀楽については「嬉しそう、楽しそう、悲しそう、怒ってそう」は見ればわかるんだけど、それを言葉で表現するとか、記憶にとどめておいて人に伝えるとか、そういうことをしない子でした。

終わったことはどうでもいいと思っていたのか、見りゃわかるだろ、と思っていたのか(^^;


お姉ちゃんのゆまは、学校であった事、友達とのやり取り、その時どう感じたか、どう思ったか、割と話す子だったので、話さないくりがちょっと心配でした。


コミュニケーションの基本は、気持ちのやりとり、想いのキャッチボールだと思うので、くりの口から「学校で、こんな出来事があって、自分は、こう思った」という話を聞いてみたかったのですが、小学校六年間、一度も聞いたことがありませんでした。


普段から、まあ寡黙な人ではあったのですが、たまに何かを熱心に話してるとすると、中身は、その時、興味のある漫画のこと、小説のこと、アニメのこと、お笑いネタのことだったりしました。

それを見て「どう思った、どこがすごい、どこがダメ」という感想でもなく、延々、そのあらすじや細かい描写を語っていたり、ネタを一本まるまる再現してくれたり、そんな感じで、人に伝えるのは「だれがいつどこでなにをどうした」という客観的事実だけで、それに付随した、自分の感情とか、考えが全く出てきませんでした。


今思うと、語る言葉と、語る気持ちを貯めてたのかなーと思います。

こんな時、人はどう言うのか、この気持ちをなんと名づけるのか。


それが、中2くらいからかな、思春期に入り、なぜか内面を語る言葉が増え始めたのでした。


ゆまが大学の二年次進級とともに一人暮らしを始め、静かになった家が耐えられなくなったのかな?とも思うんだけど、本当のところはよくわかりません。


とにかく、あったことだけでなく、それについての感想というのが出てくるようになりました。


最初は、面白かったこと。

それから、ネガティヴな気持ち。

将来についての漠然とした不安やら、勉強したくない気持ちやら、友達関係の嬉しかったこと、がっかりしたこと、学校のイベントというのは、なんでこんなにつまらんのか、などなど。


毎日、よく、しゃべります。


普通の男の子は、思春期に入ると親と話さなくなる、親にむかついて部屋から出てこなくなる、と言いますが、うちは全くその気配もなかったし、今もありません。


私も相手がいると面白いので、自分だったら、こう考えるとか、私も高校生の頃、こんなことがあって、とか話します。

すると、くりもそれを受けて、その考え方は変だとか、そーだよなーとか、返ってくるわけです。


話し相手としての男の子はつまらんなーと、ずっと思ってたけど、なかなかどーして、ゆまより非常識な分、面白いんですね、これが。


そのくりが、先日、いじめ問題について語っていました。

といっても、別に自分がいじめられたとか、そんな話ではなくて。

もし、自分がイジメのターゲットになったとしたら、って話です。


くりは言うのです。


「学校だけに縛られるから、逃げるところがなくて、

どーしても、そこに居ないと生きていけない気がして、

嫌なことも我慢してみんなに合わせようとするんだろうけど、

本当は、外にもいっぱい世界はあるのに。

くりがもし、学校でイジメにあったら、

まず、イジメてくるやつと、思い切りケンカする。

学校中の人が敵になっても、かまわないので、戦う。

自分が悪いことをしてないなら、悪いのは周りに決まってる。

だから戦う。

学校に一人も友達が居なくなっても、

外には、ヒロやリクシや師匠がいるって、わかってるから、

一人になっても平気だと思う。

それに気づけば、イジメで自殺なんかしなくて済むのに。」


ヒロ、リクシ、師匠というのは、くりがプレイパークで出会った友達です。

同い年、三つ下、十一歳上と、年齢も住んでいるところもまちまちです。

彼らとは、出会った時期もまちまちで、共通するのは、それぞれと、一時期、ものすごく濃い付き合いをしていて、しょっちゅう一緒に遊んでいた、ってところでしょうか。



くりが感じていることは、いろんな大人が言っていることです。


いじめで自殺する君へ、何年かすれば、君の世界は広がり、今の周りの関係は消え去り、明るい未来だけが君を待っているんだよ、今の君が世界に絶望していても、君がいる世界が絶望的なだけで、外には全く違う世界があるんだよ、って。


でも、渦中にいる人には届かない。

そもそも、外に世界があることを知らないから、そんな世界を信じられない。

自分が今いる地獄は、未来永劫続いて無くならないものだ、と思っている。


くりが、外の世界を信じることができるのは、とても恵まれているからでしょう。


学校の外にも自分が居ていい世界があることを知っている小中学生は、そんなに居ないと思います。


習い事に行っても、塾に行っても、学校で会う人しか居なかったら、その子の世界は、学校の人間関係だけでできてることになっちゃう。

子どもが、自分だけで世界を広げていくのは、今はとても難しい時代なんです。


何しろ、学区外に子どもだけで出てはいけないって、夏休みにもらってくるプリントにも書いてあるしね。(´Д` )


激しく人見知りなくりが、外の世界に友達を作れたのは、遊び人の母ちゃんがいて、

その遊び人の母ちゃんが、よその子引き連れてあちこちでかけて、

一日中遊んでても大丈夫なくらい稼いでくれる父ちゃんがいて、

それで初めてできたことなのです。

くりが、とってもとっても恵まれていたからなのです。


自分に与えられた環境を、当たり前だと思ってはいけません。

私が一人でくりとゆまを育ててたら、こんなに豊かな遊びに恵まれた暮らしはできなかったでしょう。

何が欠けても成立しなかった幸せです。

そこは謙虚に感謝すべきことでしょう。


くりが、もし、いじめられて孤立して、もう死んでしまいたいと思っている子に出会ったら、

くりが信じている外の世界の楽しさを「本当にあるんだよ」と伝えることと、

その子を外の世界に連れてくることを請け負ってほしいと思います。

それは、恵まれてきた人の義務だからです。

生きてる喜び、楽しさ、うれしさを、独り占めにしないでほしいと思います。


この話を踏まえて。


ここからは、母ちゃんたちに伝えたいこと。


今、楽しい子育ての仲間に繋がって、幸せな子育てをしている人は、

それを手放さないで、その仲間と育ちあって、子どもの世界を一つに限定したりせず、

みんなで大きくなる道を選んでほしいと思います。

大好きな友達が、あちこちに住んでいる。

それは、子どもにも大人にもうれしくて、楽しい事ですよね。


そして、今の幸せを、自分だけで終わらせないで、

後から来る子育て母ちゃん達にも分けてあげられる人になってほしいなと思います。


恵まれているのは、自分だけの力ではありません。

助けてくれてたいろんな人に、ありがとうって思うなら、

次の誰かに手を差し伸べて、引っ張り上げる人になってほしいと思うのです。


誰かがしてくれる「子育て支援」なんて待ってても仕方ないのです。

自分たちでやろう。自分たちでつながろう。


仲間がいなくて、不安でさびしく子育てしている母ちゃんは、銀河やたけとんぼにおいで。

もりのこの仲間になろう。

仲間を巻き込んで楽しいことしよう。


それが、たぶん、今の母ちゃんを助けるし、子どもの未来を助けることにもつながるんだと思うのです。

★写真は、羽田初札幌行きの日航機。
私のかわいいくりさんは、これに乗って、修行の旅に出ていきました。(笑)
今日のブログは、暇な母ちゃんのつぶやきです。

相模原市内にある常設のプレイパーク。

日曜、月曜、水曜が開園日です。

詳しくはリンクをクリック!

 

 

 

 

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